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先代旧事本紀の世界
国造本紀

巻第十「国造本紀」は、巻第一から巻第九までがおおむね神代から推古朝までの流れを歴史的に叙述してきたのと異なり、地方官豪族「国造」のリストとでもいうべき記述の列挙で成っています。
本文中に144ヶ国に国造が任じられたとありますが、実際の項目数は135条になります。うち国司の設置や国の分置のみを記す、和泉・摂津・出羽・丹後および美作、項目名のみの多褹嶋を除外すれば、129の国造が載せられています。
その各国造について、設置時期や初代国造の系譜の伝承を記したものです。
国造に関して、これだけ包括的な記事を持つ史料は他に存在せず、高い価値が認められます。

用字に7世紀的特徴のあるものが含まれ、記紀等にも見えない国造が多数記されていることなどから、『旧事本紀』の成立した平安前期ににわかに造作されたのではなく、何らかの原資料を元に作られたと考えられています。
『続日本紀』大宝二年四月庚戌条に、「詔定諸国国造之氏。其名具国造記。」とある、“大宝の国造記”をその原資料と見る説があります。
内容となる伝承の古さについての定説はありませんが、6世紀中葉に大連が失脚する大伴氏や、7世紀後半になって有力化する中臣氏(藤原氏)の同族に連なる国造が皆無である点、おおよその形成時期を示唆するようです。

初代国造の任命時期については、129国造(うち胸刺国造は時期の記述を欠く)中、半数の64例が成務朝で占められ、第二位の応神朝(20例)や第三位の崇神朝(12例)とは大きな差が認められます。
これは、成務紀四年春二月条・同五年秋九月条や、古事記成務段が、国造制の開始を成務朝にあてていることと、同様の意識に拠っていると見られます。

物部氏顕彰を目的のひとつとして編まれた『旧事本紀』においては、物部氏同族の国造が注目されますが、天穂日命系国造が15例、天津彦根命系が10例あるなど、必ずしも饒速日命系の12例だけが特別に目立っているわけではありません。
他氏族と併記することで基準を設け、その中で物部氏系国造の存在を認知させようとするに留まったと見るべきでしょうか。
珠流河(駿河)国造の祖としてみえる片堅石命は大新川命の子とされますが、天孫本紀での物部片堅石連公は十市根大連の子とされ、調整が図られていません。この点は、『旧事本紀』編纂者が各原資料を尊重したと見られます。
ただし一方では、古事記が天穂日命系とする遠江(遠淡海)国造を、物部氏同族として齟齬のある点、編纂者の手が加えられたと疑われることがあります。物部氏系国造に関しては、他氏族系国造と比べて、系譜の世代対応などの乱れが少ないことが指摘されています。ある程度の整理は行われていたようです。

 


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