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 た 

田井 (たい)

連姓。河内国志紀郡田井郷、もしくは延喜式神名帳の河内国丹比郡にみえる田坐神社の地を本拠とするか。

宇摩志麻治命の八世孫・物部金弓連公、同十世孫・物部目古連公、同十二世孫・物部小事連公の後裔。(「旧」天孫本紀)

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高岳 (たかおか)

首姓。ウヂ名は、和泉国内の地名、もしくは綏靖紀元年正月条・「記」綏靖段にみえる葛城高岡宮(高丘宮)の地にもとづくか。讃岐国三木郡などに高岡郷があるが関係は不詳。

饒速日命の十五世孫・物部麁鹿火大連の後裔。(「録」和泉国神別)

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高狩 (たかかり)

忌寸姓。大同元年三月、右京の人・物部首縵麻呂が高狩忌寸の姓を賜ったことに始まる。
物部首氏については、物部氏族のもの(「録」河内国神別)以外に、ワニ氏族のもの(「録」摂津国皇別など)もいて、高狩氏がいずれの系統に属するかは不詳。

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高橋 (たかはし)

連姓。万葉集巻十二(2997)に「石上 振之高橋 高々尓 妹之将待 夜曽深去家留」がみえ、ウヂ名はこの布留の高橋(大和国山辺郡石上)にもとづくか。山城国神別の高橋連については、延喜式神名帳の山城国愛宕郡の高橋神社の地が本拠とみられる。
氏人には、続紀天平勝宝六年二月に高橋連牛養が、続紀宝亀七年正月に高橋連鷹主が、続紀神護景雲二年二月に対馬国上県郡の人・高橋連波白米女が、万葉集六971などに高橋連虫麿が、霊異記中に伊賀国山田郡の人・高橋連東人がみえる。

長谷置始連に同じく、神饒速日命の七世孫・大新河命の後裔。(「録」右京神別上)
饒速日命の十二世孫・小前宿祢の後裔。(「録」山城国神別)
饒速日命の十四世孫・伊己布都大連の後裔。(「録」河内国神別)

宇摩志麻治命の十三世孫・物部建彦連公の後裔。(「旧」天孫本紀)

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高原 (たかはら)

連姓。もと韓国氏といい、延暦九年十一月に韓国連源らが奏上してウヂ名を改めた。高原は地名と見られるが比定地は不明。「録」未定雑姓の新羅系渡来氏族・竹原連に同じく、河内にあったものか。和名抄の加賀国江沼郡竹原郷、安芸国高宮郡竹原郷は多加波良(たかはら)と読むという。
高原連源は弘仁三年八月に故下野介外従五位下で、善政により従五位下を追贈されている。

韓国

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高屋 (たかや)

連姓。ウヂ名は、古事記安閑段に河内之古市高屋村、延喜式神名帳の河内国古市郡に高屋神社、同諸陵式に古市郡高屋丘陵などとみえる地が本拠。また続紀慶雲元年六月に、河内国古市郡の人・高屋連薬女もみえる。高屋神社はこの氏の奉斎によるものだろう。
ほか氏人には、高屋連並木(続紀天平神護元年十月)、高屋連枚人(宝亀七年十一月二十八日高屋連枚人墓誌)がいる。

饒速日命の十世孫・伊己止足尼大連の後裔。(「録」河内国神別)

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多芸 (たぎ)

連姓。のち宿祢姓も出る。物部多芸ともいう。和名抄に物部郷のみえる美濃国多芸郡を本拠地とし、ウヂ名はこの地名による。
続紀宝亀八年十一月に左京の人・多芸連国足らに物部多芸宿禰の姓を賜り、美濃国多芸郡の人・物部坂麻呂らに物部多芸連の姓を賜ったことがみえる。

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当麻物部 (たぎまのもののべ)

無姓。「旧」天神本紀に、饒速日命に供奉して天降ったことがみえる。ウヂ名の当麻は大和国葛下郡当麻郷の地名にもとづく。

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田尻物部 (たじりのもののべ)

無姓。「旧」天神本紀に、饒速日命に供奉して天降ったことがみえる。
ウヂ名の田尻は、和泉国和泉郡田尻、大和国葛下郡田尻、摂津国能勢郡田尻のいずれかの地名にもとづく。また、筑前国上座郡田尻や筑後国三池郡田尻もその縁故の地か。

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田々内 (たたうち)

臣姓。延喜式神名帳に多太神社のみえる、摂津国河辺郡多田を本拠地としたものか。

若湯坐宿祢に同じく、石上朝臣と同祖で、神饒速日命の六世孫・伊香我色雄命の後裔。(「録」摂津国神別)

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立野 (たての)

連姓。「たちの」とも読む。ウヂ名は、天武紀四年四月にみえる竜田の立野(大和国平群郡)によるか。
氏人には、文徳実録天安元年六月条に対馬国守の立野正岑がみえる。

宇摩志麻治命の十三世孫・物部建彦連公の後裔。(「旧」天孫本紀)

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田部 (たべ)

連姓。ウヂ名は、屯倉の耕作民(田部)の管掌にあたったことによる。
氏人には、「紀」に田部連(名欠、舒明元年四月など)、田部連国忍(天武十年十二月)、続紀に田部宿祢男足(天平宝字八年十月など)、田部宿祢足島(天平神護元年正月など)がみえる。
桜井田部氏は河内国の桜井屯倉の支配の関与した氏であるが、崇峻即位前紀にみえる桜井田部連胆渟を物部守屋の配下に属したものと見る説がある。

宇摩志麻治命の十一世孫・物部小前宿祢連公の後裔。(「旧」天孫本紀)

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舂米 (つきしね)

連姓。天武十三年十二月以降は宿祢姓も出る。米を舂く職掌に従事する舂米部を管掌した伴造氏。
仁徳紀十三年九月に、茨田屯倉の設置に伴い舂米部を定めたことがみえる。舂米連も河内国交野郡が本拠地か。また地方では、妙心寺梵鐘に戊戌年(698)に、筑前国糟屋郡評督舂米連広国が鋳させたことがみえ、周防国玖珂郡玖珂郷戸籍に舂米連広虫売・舂米連今子売・舂米連三田丸らがみえる。

石上朝臣に同祖。神饒速日命の後裔。(「録」左京神別上)

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筑紫 (つくし)

連姓。
筑紫聞物部などの縁故がある九州に興り、畿内へ移り住んだものか。

饒速日命の男子・味真治命の後裔。(「録」山城国神別)

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筑紫聞物部 (つくしのきくのもののべ)

無姓。「旧」天神本紀に、饒速日命に供奉して天降ったことがみえる。
ウヂ名の筑紫聞は、豊前国企救郡の地名にもとづく。雄略紀十八年にみえる筑紫企救物部大斧手は、この氏の伝承によるものだろう。

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筑紫弦田物部 (つくしのつるたのもののべ)

無姓。「旧」天神本紀に、饒速日命に供奉して天降った天津赤星の後裔としてみえる。
筑前続風土記などにみえる筑前国鞍手郡鶴田を本拠とするほか、大和国平群郡鶴田や、和泉国内神名帳の和泉国大鳥郡にみえる鶴田聖社・鶴田窪田命社の地にも縁故があったと見る説がある。

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筑紫贄田物部 (つくしのにえたのもののべ)

無姓。「旧」天神本紀に、饒速日命に供奉して天降ったことがみえる。
ウヂ名の筑紫贄田は、筑前国鞍手郡新分(にいきた)郷の地名にもとづく。続紀延暦二年四月に、越智池を築いたことによって正六位上から外従五位下へ叙せられた贄田物部首年足は、この氏のうち首姓を賜っていたものか、伴造の末裔だろう。

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竹斯物部 (つくしのもののべ)

無姓。筑紫物部。筑紫聞物部、筑紫弦田物部、筑紫贄田物部など、九州地方に置かれた物部の総称。
欽明紀十五年十二月に竹斯物部莫奇委沙奇がみえる。

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津門 (つと)

首姓と連姓がある。都刀とも表記される。摂津国武庫郡津門郷を本拠地とした氏。

神饒速日命の六世孫・伊香我色男命の後裔。(「録」河内国神別)

宇摩志麻治命の十三世孫・物部建彦連公の後裔。(「旧」天孫本紀)

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積組 (つぶくみ)

造姓。延喜式神名帳の河内国高安郡にみえる都夫久美神社はこの氏の奉斎によるもので、当地を本拠にしたと見られる。

阿刀宿祢に同祖。神饒速日命の子・于摩志摩治命の後裔。(「録」河内国神別)

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遠江 (とおとうみ)

遠江国造、遠淡海国造。

宇摩志麻治命の八世孫・物部印岐美連公の後裔。(「旧」天孫本紀)
伊香色男命の子・印岐美命の後裔。(「旧」国造本紀)

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登美 (とみ)

連姓。鳥見ともいう。ウヂ名は、古事記神武段に登美、神武紀に鳥見・鵄邑、続紀和銅七年十一月に登美郷とみえる大和国の地名による。延喜式神名帳にみえる登弥神社のある大和国添下郡を本拠にあてる説のほか、同国城上郡の等弥神社の地付近をあてる説がある。

佐為連に同じく、速日命の六世孫・伊香我色乎命の後裔。(「録」左京神別上)
饒速日命の十二世孫・小前宿祢の後裔。(「録」河内国神別)

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鳥見物部 (とみのもののべ)

無姓。「旧」天神本紀に饒速日命に供奉して天降ったことがみえる。ウヂ名の鳥見は大和国添下郡、もしくは城上郡の地名にもとづき、豊前国(企救郡か)の登美(続紀天平十二年九月条)もその縁故の地とみる説がある。登美連氏はこの伴造か。

登美

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鳥部 (とりべ)

連姓。ウヂ名は山城国愛宕郡鳥戸郷の地名にもとづくか。もしくは捕鳥部など鳥に関する部の伴造だったことによる。

宇摩志麻治命の十四世孫・物部三楯連公の後裔。(「旧」天孫本紀)

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