天璽瑞宝トップ > 資料 > 采女氏塋域碑


采女氏塋域碑


飛鳥浄原大朝廷大弁
官直大貳采女竹良卿所
請造墓所形浦山地四千
代他人莫上毀木犯穢
傍地也
 己丑年十二月廿五日

飛鳥浄原大朝廷の大弁官、直大弐采女竹良卿が請ひて造る所の墓所、形浦山の地の四千代なり。他の人が上りて木をこぼち、傍の地を犯し穢すことなかれ。
己丑年十二月二十五日。


采女臣竹羅の墓所について公認を得て示した碑。現在は所在不明で、拓本のみ伝わります。
己丑年=持統三年と見られています。采女竹良卿(采女臣竹羅)については「物部人物列伝」も参照ください。形浦山は大阪府南河内郡太子町春日の現「片原山」(地図)。

狩谷望之編『古京遺文』を基に作成。
参考: 竹内理三編『寧楽遺文』下巻、近江昌司「采女氏塋域碑について」 日本歴史学会『日本歴史』431、同「妙見寺と采女氏塋域碑」 古代学協会『古代文化』464

《もどる》