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物部神社 [地図]

島根県大田市川合町川合に鎮座する、物部神社です。
石見国一の宮として知られています。

『延喜式』神名帳の石見国安濃郡に、「物部神社」があります。
全国に十七ある式内物部神社のひとつということになります。

主祭神は物部氏の祖、宇摩志麻遅命。

相殿神として、左座に天照大御神と天御中主大神、右座に饒速日命と布都霊神を祀ります。

祭神は、南東へ3kmほどのところにある鶴降山へ白い鶴に乗って降臨したと伝え、近隣の賊を平定した後、当地を住居としたといいます。

このため、神社の神紋も、「ひおい鶴」という太陽を負った鶴が用いられています。

県指定の文化財でもある本殿は、高さ16.3mあり、島根県下では出雲大社に次ぐ規模です。
優美な屋根のカーブが、背後の木々の緑に映えます。

本殿の形式は、深い庇を支える隅木が入った春日造。高床・千木・勝男木・大棟など、出雲の神社建築との共通点が指摘されています。

本殿の左側に、祭神のお腰掛岩なるものがありました。
もとは東へ600mほどのところにありましたが、道路の拡張工事のため、昭和56年に境内に移して保存することになったそうです。

神社の背後が八百山で、その南の尾根上に、祭神宇摩志麻遅命の神墓とされるものがあります。

5世紀後半〜6世紀前半ころの円墳とも推定され、八百山古墳群を構成する古墳のひとつだった可能性があるようです。

石見国の物部神について、貞観十一年三月二日に従五位上から正五位下へ、貞観十七年十月十日に正五位上へ、元慶三年九月四日に従四位下へ神階を昇叙したことが、『三代実録』に見えます。

写真は境内末社の東五社。神代七代社ともいい、国常立尊から伊弉諾尊・伊弉冉尊までの七代十一柱を祀ります。

末社の須賀見神社(六見宿祢命 )と乙見神社(三見宿祢命)です。ひとつの社殿に祀られています。

『旧事本紀』天孫本紀によると、六見宿祢命と三見宿祢命、ともに宇摩志麻遅命の三世孫で、出雲醜大臣命の子とあります。

摂社の後神社です。
宇摩志麻遅命の妃神、師長姫命を祀ります。

師長姫も天孫本紀に見え、活目邑の五十呉桃の娘で、二児(味饒田命と彦湯支命)を生んだとされます。

社伝には、天孫本紀に長田川合君らの祖と見える、物部竹古(竹子)連が景行朝に石見国造として当地へ下向し、物部神社の司祭者となったといいます。
当地の地名「川合」が長田川合氏に縁故ありと理解されたものでしょうか。

写真は末社の一瓶社です。
三瓶山の神、佐比売山三瓶大明神を祀ります。

物部神社の社殿の創建は、継体天皇の八年と伝えられます。

一瓶社の東には、石祠と神井があります。さらに東側が神宮寺の跡のようです。

本社の西側にある西五社です。皇祖四代社と荒経霊社がひとつの社殿に祀られています。

皇祖四代社の祭神は、天忍穂耳尊、瓊々杵尊、彦火々出見尊、鵜草葺不合尊。当初は天照大御神も祀られていましたが、本社に合祀されたそうです。
荒経霊社の祭神は須佐之男尊です。

西五社の西側にある稲荷神社です。
稲倉魂命のほか、大穴牟遅命、大歳神、大地主神を合祀します。
末社の淡島神社です。
少彦名命を祀ります。
末社の柿本神社です。
柿本人麻呂朝臣を祀ります。人麻呂については、石見国で没したことが有力視されています。
案内板によると、人麻呂だけに、安産「霊留(ひとま)る」・防火「火止(ひとま)る」のご利益があるとか。
末社の天神社です。
菅原神社ともいうようで、菅原道真公を祀ります。
末社の八重山神社です。
若布都主神、伊邪那美命、大山祇神を祀ります。
境外摂社の漢女神社です。
375号線を太田市街地方面から南下して、物部神社へ向かうために左折すると、すぐのところにあります。

漢女神社の祭神は栲幡千々姫命、市杵島姫命、抓津姫命です。

栲幡千千姫命は、『旧事本紀』に饒速日命の母、つまり宇摩志麻遅命の祖母とされています。

上で紹介した「腰掛岩」がもと所在した、物部神社から東へ600mほどのところが折居田です。
宇摩志麻遅命が鶴降山から舞い降りたとされる伝承地で、石碑が立てられていました。
境外末社の石上布留神社です。上の写真の石碑のすぐ近く、民家の庭先に鎮座していました。
饒速日命が天からもたらしたという、十種神宝を祭神として祀ります。

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