天璽瑞宝トップ > 所縁の史跡 > 須佐神社

須佐神社 [地図]


 

和歌山県有田市千田に鎮座する、須佐神社です。

『延喜式』神名帳の紀伊国在田郡に、「須佐神社」があります。

『和名抄』には紀伊国在田郡に須佐郷がみえ、社名はこの地名によったもののようです。


 


 


 

祭神は素盞嗚尊。

社伝や『紀伊続風土記』には、和銅六(713)年十月初亥日に大和国吉野郡の西川峯から勧請され、当初は中雄山の頂上に奉斎したが、西に面し海に向かっているため海上往来の船が恭謹しないと難破したので、元明天皇の勅命により、現在地で南面して奉斎するようになったといいます。


 

『三代実録』貞観元年正月二十七日条に、紀伊国の須佐神が従五位下から従五位上の神階に昇ったことがみえます。

また、紀伊国内神名帳には、「従一位須佐大神」がみえています。


 

夫婦白鹿の像など、境内にはいくつか動物像がありました。ユニーク。


 


 

神社の北東200m程のところには岡崎古墳群があり、古墳時代後期に繁栄した土地だったことがわかります。


 

神紋は「桃」のようです。


 


 


 

『旧事本紀』天孫本紀の物部氏系譜に、物部真椋連公の後裔として、須佐連氏がみえます。
ここ須佐郷の豪族だった可能性があるかもしれません。


 

参道の階段を登っていく途中に、本居宣長の歌を刻んだ碑があります。

寛永六年十一月、宣長が須佐神社へ参拝したときの歌。
「いたけるの 神のしきます 紀の国と いはふかぶろの 神の宮これ」
素盞嗚尊と五十猛命の親子神についての歌です。


 


 

伊太祁曽神社遥拝所。


 

左が南龍社(祭神:徳川頼宣公)、右は湊川社(祭神:楠正成公)。
他にも末社が多数ありました。


 

神門脇の百度石は昭和二年に寄進されたものだそうです。


 

絵馬からは、漁業関係者の信仰も厚いことがうかがわれます。

 

《天璽瑞宝》  《もどる》