天璽瑞宝トップ > 所縁の史跡 > 野洲川流域の神々

▲ 野洲市歴史民俗博物館にて復元銅鐸

琵琶湖にそそぐ近江最大の河川・野洲川。
鈴鹿の山々を源流として下流に広大な平野をつくりだし、かつては平野を網の目のようにめぐる水路となって、湖岸からかなり離れたところまで舟で行き来ができたといいます。
豊かな水と肥沃な土地を擁するこの地は、人とものが行き交い繁栄しました。

湖南地方(栗太・野洲・甲賀)にある式内社の社号、祭神、あるいは地名のなかに、『旧事本紀』にみえる人名と重なりのあるものがみられます。

三上山の山麓に位置する御上神社の祭神・天御陰神は、天神本紀によると、物部氏の祖神である饒速日尊に付き従って降臨した神であるといいます。

饒速日尊の孫にあたる彦湯支命が娶ったのが、淡海川枯姫です。甲賀郡の式内社に、川枯神社があります。

彦湯支命の子、出石心大臣命が娶ったのが、新河小楯姫です。野洲郡の式内社に、下新川神社と上新川神社があります。

出石心大臣命と新河小楯姫との間に生まれた子が、大水口宿祢命です。甲賀郡の式内社に、水口神社があります。

大水口宿祢命の弟が大矢口宿祢命です。その子に大綜杵(おおへそき)命がいます。栗東市の地名「綣(へそ)」にもとづく人名とする説があります。
綣からほど近い場所に、物部布津神を祀る勝部神社があります。『和名抄』にみえる物部郷はこの一帯に比定されます。

大綜杵命は高屋阿波良姫を娶りますが、彼女は『和名抄』にみえる近江国神埼郡高屋郷の出ではないかともいわれます。

大綜杵命の子が、開化天皇の皇后の伊香色謎命や、物部氏の祖として名高い伊香色雄命で、湖北の伊香郡伊香郷との名称の類似が指摘されます。
伊香色雄命の子に、大新河命や建新川命がいます。新河小楯姫同様、下新川神社や上新川神社との関係が考えられます。

このように、近江国、とくに野洲川流域と、『旧事本紀』天孫本紀物部氏系譜の、欠史八代から崇神朝ころにかけてみえる人々との間には、浅からぬつながりが感じられます。

開化天皇の皇子の彦坐王が、三上山の神の娘との間に、当地の国造の祖となる人物を儲けて以降は、物部氏とのこういったつながりはみられなくなっているようです。

初期の物部氏の勢力は、近江に支えられる面があったのでしょうか。
それとも、ある時期にこの地方へ物部氏が進出したことが、伝承の成立に影響しているのでしょうか。


▲ 野洲川河口付近より三上山を望む

次のページ

  御上神社   下新川神社
  新川神社(野洲市)   新川神社(守山市)
  勝部神社   大宝神社
  水口神社   川田神社
  八坂神社  

参考
住野勉一「近江国の物部氏 -式内社にみる近淡海の神々-」 横田健一編『日本書紀研究第十九冊』
谷川健一『白鳥伝説』
志賀剛『式内社の研究』

《天璽瑞宝》  《もどる》